アルツハイマー病、その他の認知症
概要
物忘れは誰でも起こりうるものですが、それだけでは認知症とはいいません。認知症とは、ある一つの病気を指すのではなく、一度獲得された知的能力が脳の病気のために失われて、社会生活や日常生活に支障をきたす状態を指します。近年の研究では、誰でもする物忘れと認知症の間の状態(軽度認知障害、MCI)のうちに、生活習慣病対策や頭の体操を行うことにより認知症への進行を予防できる可能性があることがわかってきました。以下に認知症として知られている病気について扱います。
認知症を起こす病気はアルツハイマー病・脳血管性認知症・レビー小体型認知症、前側頭葉型認知症、水頭症、硬膜下出血など数多くあり、診断が難しいことも少なくありません。高齢者程多くなると言われていますが、正確な頻度は解っていません。脳血管性認知症は、脳梗塞や脳出血によって起こる認知症のことです。以前は最も頻度の高い認知症でしたが、高血圧を始めとする生活習慣病対策が進むことにより減少し、代わりにアルツハイマー病が最も多い認知症となりました。アルツハイマー病の真の原因についてはいまだよくわかっていませんが、アルツハイマー病の患者さんの脳内にアミロイドβやタウ蛋白が蓄積することが知られており、なかでもアミロイドβとの関与が強く強く言われるようになってきました。近年、脳内からアミロイドβを除去するレカネマブやドナネマブといったお薬がアルツハイマー病の治療薬として期待されています(詳細については後述します)。レビー小体認知症では、幻覚やパーキンソン症状の合併が特徴で、MIBG心筋シンチグラフィによる検査が診断に有用です。認知症では、患者自身に病的な物忘れの自覚がないことが珍しくなく、自ら病院を受診されることが少ないため、ご家族や周りの方が、物忘れによって生活に支障をきたすようになった、これまでと様子が違う、といった患者の初期症状に気づくことが大切です。
症状
一般に初めに現れる症状は、ゆっくり進行するもの忘れです。昔のことは比較的良く覚えているのですが、最近のことを覚えにくくなるのが特徴と言われています。患者さんご本人は物忘れを余り気にされていないこと多いようです。普段の会話は比較的スムーズなため、病気に気づかれるのが遅れがちになります。レビー小体型認知症の場合には、「今その場にいないはずの知人」がいると訴える幻覚(幻視)が特徴的です。一部の方で、急に進行する物忘れ(1日単位や1週間単位で進行)がありますが、これらは急いで治療することにより回復が見込める病気が多く、すぐに受診していただくことをお願いします。
診断
認知症は早期発見が大切です。もの忘れなどの症状を疑ったら、早めに病院を受診しましょう。認知症の中には早く見つけて治療をすれば治したり症状を軽くしたりできるものがあるからです。例えば、硬膜下血腫、水頭症、脳腫瘍、ビタミン欠乏、甲状腺機能低下症などです。うつ病が認知症と勘違いされることがあります。
病院では、問診による病歴聴取、認知症があるかどうか調べるための簡単なテスト、診察を行います。採血、頭部MRI、脳血流検査(SPECT)、MIBG心筋シンチグラフィ、脳波検査、髄液検査、などを組み合わせて診断します。特に、患者さんご自身では症状を訴えることができない場合が多いため、ご家族と一緒に来ていただき、ご家族から最近の変化や物忘れで困ったことを具体的に伺う必要があります。頭部MRIでわかる脳の萎縮のパターンや、脳血流検査における血流低下のパターンは、アルツハイマー病やレビー小体型認知症、その他の神経変性疾患といった脳萎縮が原因で起きる認知症の診断に有用です。これらの検査は、治る認知症を見逃さないためにも大切です。
治療
アルツハイマー病そのものを根本的に治す薬は残念ながらまだありませんが、先に述べましたレカネマブやドナネマブといったアミロイドβを取り除くお薬(抗体医薬)によって進行を遅らせることができるようになりました。しかし、このお薬を使える人は、早期のアルツハイマー病(軽度認知障害か軽症の認知症)に限られるため、実際に使うことができるかを調べる必要があります。中でも、脳内にアミロイドβが蓄積しているかを確認するためには、髄液検査(本院で受けられます)、又は、アミロイドPET検査(本院からの依頼で、検査ができる病院で行います)のいずれかが必須です。
抗体医薬を使える事が確認できた患者さんは本院で投与を受けることが可能で、使えない患者さんでもアルツハイマー病による症状に対する治療薬を使うことができますので、ご相談ください。
認知症の症状は、物忘れや見当識障害(日付や場所がわからなくなる)などの「中心症状」と、様々な精神症状や行動異常を呈する「行動・心理症状」に分けられます。「行動・心理症状」はかつて「周辺症状」と呼ばれていましたが、症状の緩和が難しく、ご本人ご家族を苦しめる事が多いことから、「周辺症状」とは呼ばなくなりました。「中心症状」に対する治療としては、幾つかの薬が保険で認められています。「行動・心理症状」は様々ですが、例えば、睡眠障害に対しては睡眠薬、「財布を盗まれた」などの物取られ妄想や、興奮して騒いだりする<せん妄>には抗精神病薬、うつ状態には抗うつ薬などが有効なことがあります。抑肝散という漢方薬も効果があることが知られています。お薬だけではなく、御本人の生活環境の整備も重要です。「行動・心理症状」は介護する方にとって大きな問題となりますので、適切な治療を行って症状を軽くすることが必要です。
また、必要に応じて、リハビリテーション、デイケア、ショートステイの利用もすすめられます。このような施設を利用する場合、ご本人にとって慣れ親しんだ自宅とは異なる環境での生活を受け入れがたい場合には、少しずつ慣れていただくことが大切です。
当院での取り組み
南京都病院では、通常の脳神経内科外来だけでなく「もの忘れ外来」でも認知症の患者さんの診療に取り組んでいます。「もの忘れ外来」の受診には、かかりつけ医からの紹介が原則として必要ですが、紹介がない場合でもお気軽にご相談ください。また、認知症は、患者さんご本人だけでなく、その介護者さんを長期にわたって苦しめることが多いことから、介護者さんの負担を少しでも軽くするために、地域全体で理解し支え合うことが大切です。当院では、近くのコミュニティーセンターで定期的に健康教室を行い、認知症に対するご理解のサポートを行っております。