アルツハイマー病四方山話-7
(この記事は「重松神経内科医長」に院内報のために14回にわけて掲載させていただきましたものに若干の加筆訂正してまとめたものです)
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第7話
[前回までのあらすじ:アルツハイマー病の真犯人は軸索流の障害?]
先日の台風はほんと大変でしたが、皆さんご無事でしたか。このタイムズが出る頃は爽やかな秋晴れ!だといいですね。さあ、ちょっとおさらいから。アルツハイマー病の2大特徴は老人斑(アミロイド斑)と神経原線維変化でしたネ。前回、アミロイド斑と軸索流障害が関係ありそうだというお話をしました。もう一つの特徴、第一話で紹介した原線維変化を覚えておられるでしょうか。この原線維変化というのは神経細胞の中身の変化で、神経細胞をオタマジャクシに例えれば、頭から尻尾の付け根にかけてが膨らんで、タウと呼ばれる物質がリン酸化(リン酸がくっつくことをリン酸化とといいます。例えば酸素がくっつけば酸化、これは錆びることですよね。)して貯まってきたものです。このリン酸化は、実は軸索の流れが悪くなったときによく見られる変化なのです。以前アルミニウムが原線維変化によく似た変化を起こすことを紹介しましたが、このアルミニウムも軸索の流れを妨げると言われています。軸索流が障害されれば神経の働きが障害されるのですから、痴呆症が起こることもよく説明ができます。そこで私たちは、この軸索流障害をネズミの脳で作ってみることにしました。これにはコルヒチンという薬を使います。これは痛風の薬ですからご存じの方もおられることと思います。このコルヒチンは、脳にはいると神経軸索の流れを止める働きをします。ネズミの脳の海馬というところ(記憶に関係していると考えられています)に、細い針でコルヒチンを投与すると、その場所の軸索の流れをブロックすることができました。そこでその場所を顕微鏡で調べてみるとアミロイド斑の元になるAPPが貯まっていることがわかりました。細かいことですがネズミの APPは人のAPPとアミノ酸(APPを作っている部品です)が一部違うので、APPが貯まっただけではアミロイド斑は出来ません。ですから、APPが貯まることが、アミロイド斑の原因だとは断定できません。でももしこれが人の脳で起こったら、ひょっとしたらアミロイド斑が出来るかも知れません。この考え方が世界中の研究者をわくわくさせました。そして欧米の3つの大学から一斉に論文が発表されました。その実験は、ネズミに人のAPP遺伝子を組み込んだというものです。つまりネズミの脳をAPP遺伝子に関しては人の脳と取り替えたのです。すると予想どうり、ネズミの脳にアミロイドが出来たと報告したのです。世界中が注目した実験です。もしそれが事実ならAPPが関与していることが決定的になりますし、例えば軸索流の障害がアミロイド斑の原因の一つになりうることが証明されます。つまり軸索流の障害が原線維変化を引き起こし、しかも同時にアミロイド斑も作り得るということです。これこそアルツハイマー病の特徴ですよね。ところが、その後、この遺伝子組み替え実験はあまりうまく行かず、反論も出てきて、結論はまだ出ていません。現在の大方の考え方としては、あり得るけれども、未だ証明されるには至っていない、といったところでしょうか。でも、原線維変化とアミロイド斑と言う全く異なった二つの特徴を上手く結びつけて説明の出来る考え方ではありそうです。
今日は少し難しかったかも知れませんが、最先端のアルツハイマー病研究の一端をご紹介しました。さあ、軸索流犯人説:皆さんはどう思われますか。