アルツハイマー病四方山話-13
(この記事は「重松神経内科医長」に院内報のために14回にわけて掲載させていただきましたものに若干の加筆訂正してまとめたものです)
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第13話
[前回までのあらすじ:アルツハイマー病の治療の第一番は予防。壊れた脳の修理は線維連絡の修復と減った細胞を増やすことが目標です]
脳死移植の認識も急速に深まってきました。因みに欧米ではかなり以前から一般的になっていたので、欧米人からすると、先進国の日本で脳死移植がされていなかったのはむしろ不思議で、宗教的な理由からだと思われていたそうです。その肝移植ですが、移植された肝臓の細胞はまた増えていきます。皮膚も血液も同じ意味で再生します。一方、指や胃袋はまた生えてくると言うことはありません。脳細胞もこの意味で再生しないと考えられています。つまり神経細胞は増えないと。もちろん、体中のどの細胞も元は一つの受精卵からできる訳ですから最初は分裂して増えていきます。受精卵が色々な役割の細胞、肝細胞や神経細胞とかに分かれて行くことを分化と呼びますが、この分化の過程で神経細胞は増える(分裂する)能力を失うのです。言い換えると、分化と分裂能は、ある意味で裏腹の関係にあります。例えば未分化の代表であるガン細胞の分裂能力は高いし、高度に分化した脳神経細胞の分裂能はほとんどない(だから癌にもなりにくい)。この分化-分裂能の仕組みを解明できれば”増える能力”をコントロールすることが出来るようになるかも知れません。実際この分野の研究はとても盛んです。”分化”の過程で失われていく蛋白質や受容体も次々に明らかにされてきています。やがて特定の脳細胞を増やしたりすることが出来るようになる日が来るかも知れません。
ところが、ビックリするような論文が発表されました。NHKのニュースでも報道されましたから覚えておられる方もあるでしょう。何と大人の脳細胞も分裂する(増える)と言う論文です。スウェーデンとアメリカの共同研究だったのですが概略を紹介しましょう。癌の患者さんに同意を得て、ある薬、それは、分裂する細胞だけに取り込まれる薬なのですが、を投与しました。そして亡くなられた後、患者さんの脳を顕微鏡で調べたんです。すると、一部の脳細胞にその薬が取り込まれていたのです。これはその脳細胞が、薬を注射されてからその患者さんが亡くなられるまでの間に、新しく生まれたつまり分裂した細胞であるということを意味します。つまり、大人の脳細胞も増えるということです。ネズミとサルでも同じことが確認されていますから、期待が持てます。ただ、多くの研究者は、これは例外的なごく一部の脳細胞だけに限られた現象だろうと考えているようです。
少し込み入ったお話になってしまいました。でも、こうした”再生”に対する考え方はアルツハイマー病など脳疾患治療の基本です。でも脳自身で再生できない場合は外からの補充を考えることになります。そこで次回は脳移植のお話。